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イベントレポート<MaとChiの寺子屋 vol.6> 「ブランドらしさと、ストーリーテリング」〜多様なブランドコミュニケーションの実践〜

北村萌、久保田祐揮、西隆宏、多湖大師

投稿日2026年05月14日
更新日2026年05月14日

2026年4月22日(水)、武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパスの共創スペース「Co-Creation Space Ma」にて、クリエイティブやデザインに関わる人々が集うトーク&ネットワーキングイベント「MaとChiの寺子屋」の第6回が開催されました。

本レポートでは、株式会社ロッテの久保田祐揮氏と、株式会社BAKEの北村萌氏が登壇したセッション「『ブランドらしさと、ストーリーテリング』〜多様なブランドコミュニケーションの実践〜」の模様をお届けします。

機能的な訴求だけでは生活者の心を動かすことが難しくなった現代。
歴史あるロングセラー商品「パイの実」と、コロナ禍に生まれた新進気鋭のオンラインブランド「しろいし洋菓子店」という、前提の全く異なる2つのブランドが、どのように「ストーリー」を紡ぎ、一貫したクリエイティブへと落とし込んでいるのか、オプサー(株式会社ヒューリズム)の進行のもと、ブランドコミュニケーションの最前線に迫りました。

MaとChiの寺子屋”とは?

「MaとChiの寺子屋」は、クリエイティブやデザインの分野に関わる学生・社会人が、誰でも気軽に参加し、学びあい、交流できる場を提供することを目的として、株式会社ヒューリズムが運営するクリエイターと企業のビジネスマッチングサービス「オプサー」と、武蔵野美術大学が共同主催となって運営するトーク&ネットワーキングイベントです。

スピーカー

北村 萌 氏
株式会社BAKE / 取締役副社長 CBO(Chief Branding Officer)

2016年、株式会社BAKEに1人目の専任広報として入社し、広報室を設立。
コーポレートおよび「BAKE CHEESE TART」をはじめとする全ブランドの国内外におけるPR戦略を牽引する。
2020年よりオンライン事業部長として新規プロジェクトやブランド開発を指揮。
2022年に取締役CBO(Chief Branding Officer)に就任し、2023年には自らプロデュースした「架空のパティスリー『しろいし洋菓子店』」をローンチ。
2024年より取締役に就任し、現在は国内事業全体の統括を担う。

久保田 祐揮 氏
株式会社ロッテ  / マーケティング本部 第一ブランド戦略部 焼き菓子企画課
主査

2011年株式会社ロッテ入社。
量販店営業を経て、2021年よりマーケティング戦略部でデータに基づくマーケティングロジック構築と消費者分析を担当。戦略設計から実装までを担う。
2022年より「パイの実」 「コアラのマーチ」 「カスタードケーキ」のブランドマネージャー。伝統ブランドの資産を再定義し、機能価値と情緒価値の両立による再成長を推進。
2024年、45周年の「パイの実」にて史上最高のサクサク食感への刷新を主導。

さらにブランド初のおつまみ系商品や、フレーベル館との協業による初の絵本出版などIP拡張にも挑戦。菓子ブランドを“売れる商品”から“育つブランド”へ進化させている。

ロングセラーと新進気鋭、それぞれのブランドの原点

株式会社ロッテの「パイの実」は、今年で発売から48年目を迎える超ロングセラー商品です。
久保田氏は、発売当時の1979年の時代背景について、以下のように語ります。

株式会社ロッテ 久保田祐揮氏
株式会社ロッテ 久保田祐揮氏

「当時は何も混ざっていない無垢の板チョコレートが主流から、パフやナッツなどを混ぜたチョコレート菓子へと移行していく過渡期でした。同時に、パイというお菓子自体がデパ地下などでしか買えない高級品だった時代に、量販店で手軽に買えるものを作れないかという発想から開発がスタートしたのです」

 現在のパッケージの原点についても、興味深い裏話が披露されました。

「当時のデザイナーが試作品のパイを食べながら、幼少期に読んだ図鑑に載っていた『パンの木』を思い出し、『パイが次々と実る不思議な森があったら素敵だ』と着想して、一気にラフスケッチを描き上げたそうです。そのデザイナーは、枕元に常にノートを置き、思いついた瞬間に描き留めるような人物でした。パッケージに描かれているリスも、最初は深い世界観があったわけではなく、『森といえば動物、木の実といえばリスかな』という直感的なものだったと社内でも語り継がれています」と明かしました。

また、パイの実の最大の機能的価値である「サクサク食感」を生み出す『64層のパイ生地』についても、その創意工夫と企業努力については、

「工場で何パターンもの試作を重ねました。層が少なすぎるとパイがバラけてしまい、逆に100層以上にすると生地が厚くなりすぎて、中にチョコレートを注入する針が入らなくなってしまいます。食感の良さと製造工程の実現性を両立する最適解が、まさに64層だったのです」と、圧倒的な品質へのこだわりを語りました。

一方、株式会社BAKEの北村氏が手掛けた「しろいし洋菓子店」は、コロナ禍という猛烈な逆風の中で生まれたブランドです。

株式会社BAKE  北村萌氏
株式会社BAKE 北村萌氏

「弊社はもともと、店頭で商品を焼き上げ、そのライブ感とともにお客様に提供する店舗ビジネスがメインでした。しかし、2020年のコロナ禍によって店舗の売上が9割減となり、会社にとって非常に苦しい時期を迎えました。そこで活路を見出したのがECサイトの立ち上げです」と、北村氏は当時を振り返ります。

しかし、お菓子のEC事業には特有の難しさがありました

「お客様は送料を払ってまでお菓子を取り寄せるか、非常にシビアに判断されます。ECでは送料無料ラインとなる5000円分のお菓子を日常的に買っていただく必要がありますが、それは容易ではありません。だからこそ、『送料を払ってでも何度もお取り寄せしたい』と選ばれ続けるブランドを作る必要がありました。そこから導き出したコンセプトが『イマーシブ(没入感)』と『フィクショナル(架空)』です」と語ります。

こうして誕生した「しろいし洋菓子店」は、「マンション・インディゴ」という架空のアパートの1階に店舗を構え、上の階には個性豊かな住人たちが住んでおり、それぞれに「推しのお菓子」があるという緻密な設定が用意されています。デザインにはコラージュアーティストを起用し、商品であるクッキー缶も、食べ進めるごとに下の層から新しいクッキーが現れる階層型の構造にするなど、味わう過程そのものが物語への没入体験となるような設計が施されています。

「パイの実」が絵本になった理由と、「しろいし洋菓子店」が生まれた理由

続いて話題は、両ブランドがどのようにして「ストーリー」をコミュニケーションに落とし込んでいるのかという核心へと移りました。

「パイの実」が本格的な絵本化に踏み切った背景には、ロングセラーブランド特有の切実な課題がありました。 

久保田氏は、「現在のパイの実のメインユーザーは、1979年のセンセーショナルな発売当時をよく知る40〜50代の女性です。この方々は非常にロイヤリティが高い一方で、それ以外の若年層にとっては『数あるチョコレート菓子の一つ』に埋もれてしまっており、このままではいつかブランドが死んでしまうという危機感がありました」と打ち明けます。

その課題を解決するヒントは、久保田氏自身の身近な体験にありました

「私自身の子供が、生まれた時から周囲からプレゼントされた『アンパンマン』のグッズに囲まれて育った結果、言葉を話し始めた頃にはスーパーで真っ先にアンパンマンのお菓子を欲しがるようになりました。幼少期からの継続的な接点が、圧倒的なブランドロイヤリティを生むことに気づいたのです。そこで、実際にパイの実を食べるようになる年齢よりもさらに下の層へ向けて、ブランドへの愛着を育む入り口を作るべきだと考えました」と語ります。

数ある表現手法の中から「絵本」を選んだ理由は、顧客の声の中にありました。

「ユーザーインタビューを重ねる中で、『パッケージが絵本みたい』『箱を開ける瞬間が宝箱を開けるようだ』というオーガニックな声が多数上がっていました。そこで、一流のクリエイターであるフレーベル館様と協業し、完全にプロモーションの枠を超えた本格的な絵本『いっしょって いいね』の出版に至りました」と説明します。

引用:株式会社ロッテ プレスリリース
引用:株式会社ロッテ プレスリリース

絵本化にあたり、45年間「オス・メス」としか設定されていなかったリスのキャラクターに初めて名前を付けるという重い決断も下されました。

商標の確認も含めて100以上の名前を考え抜きました。社内の承認については、長年会社の顔として存在してきたキャラクターではあるのですが、社内的には『デザインの一部』と認識されていたこともあり、『好きにチャレンジしてみたら』と意外なほどスムーズに進みました」という裏話に、会場からは驚きの声が上がりました。

現在はさらに世界観を拡張し、シンエイ動画様と協業した4コマ漫画の展開など、IPとしての進化も続けています。

引用:「パイの実 おしの森」公式ホームページ
引用:「パイの実 おしの森」公式ホームページ

対する北村氏の「しろいし洋菓子店」は、インハウスのクリエイティブチームを巻き込んだ「ワンチーム体制」でストーリーを拡張し続けています。

私が決めたのは『イマーシブ』と『フィクショナル』という核となる指針だけです。そこから先の住人の設定やデザインなどは、社内のデザイナー、商品開発チーム、広報やSNS担当者までを交えて、全員で膝を突き合わせて話し合いながら作り上げていきました」と、多角的な視点を取り入れる重要性を強調します。

例えば、クッキーの形状についても独自のこだわりがあります。

「デザイナーが自らオリジナルでクッキーの型を作り、工場に送って試作を依頼しました。最初は『少しクセが強すぎるのではないか』と心配しましたが、実際に焼き上がってみると非常に美味しく、独自の世界観を体現するものになっていました」と北村氏は語ります。

引用:株式会社BAKE プレスリリース
引用:株式会社BAKE プレスリリース

また、購買体験の全体を通したストーリーテリングも秀逸です。

「購入前はSNSで架空のパティスリーや住人の物語を知っていただき、クッキー缶を開けた時のデザインのインパクトや、食べ進めていくと階層ごとに違う種類のクッキーが現れわれるという驚きを提供します。 さらに、例えばクッキー缶に入っている『雪の降らない日のブールドネージュ』という商品を食べている最中に、『楽器職人のスノー君が雪の降らない日にこれを食べているんだな』と物語を思い出していただけるように設計しています。食べた後も、マンションに新しい住人が引っ越してくることで物語が更新され、次の来店への期待感を持たせています」と、リピート購入を生み出す緻密なブランドコミュニケーションの手法を明かしました。

ブランドの「軸」とクリエイターへの「余白」

他社や外部のクリエイターと協働する際、いかにしてブランドらしさを保ちつつ、クリエイティビティの質を高めるのでしょうか。

モデレーターからの「クリエイティブディレクションにおいて何を大事にしているか」という問いに対し、両氏は共通して「軸の強さ」と「プロフェッショナルへの余白」の重要性を挙げました。

久保田氏は、現代におけるストーリーテリングの重要性を次のように語ります。

「お菓子の機能的な価値、つまり『美味しさ』という点においては、業界全体がある程度の高い水準に到達しており、差別化が難しくなっています。そこで重要になるのが、ブランドに対する『愛着』です。以前、お客様相談室に届いた手紙の中で、『何もかも投げ出したいほど落ち込んでいた時に、パイの実の箱の内側に書かれた小さな物語を読んで、また生きていこうと思えました』という非常に熱いメッセージをいただいたことがあります。これを読んだ時、お菓子という枠を超えて、ストーリーが人の心を救う力を持っているのだと改めて痛感しました」と、情緒的価値の大きさを強調しました。

外部ステークホルダーとの協働において、久保田氏が徹底しているのは「同じ船に乗る仲間意識」です。

「フレーベル館様やシンエイ動画様と仕事をする際、代理店を挟まずに直接チームとして動いています。『発注者と受注者』ではなく、『一緒に良いものを作ろう』というスタンスです。パイの実が持つ『小さな幸せが積み重なるような、ほっこりとした情緒』というブランドの軸は絶対に曲げません。しかし、それを絵本やアニメーションとしてどう表現するかについては、その道のプロフェッショナルを信じて口を出さず、『余白』を残すようにしています」と語りました。

北村氏も、自社のアップルパイブランド「RINGO」とハローキティのコラボレーション事例を挙げ、この「軸と余白」の考え方に深く同意します。

「実は、最初はIPコラボレーションを行うことに反対していました。しかし、担当者から『キティちゃんはリンゴ5個分の身長で、大好物はお母さんが作ったアップルパイなんです』という説明を受け、ブランドとの強い親和性があることに納得しました。実行するからには、単にパッケージにキャラクターを印刷するだけでは意味がありません。商品そのものにキティちゃんのリボンを取り入れ、『お母さんが焼いたアップルパイ』という世界観をプロダクトレベルで体現することにこだわりました。ブランドの軸さえ合致していれば、表現の細部はクリエイターに委ねることが大切です」と語りました。

セッションの締めくくりとして、参加者から寄せられた「情報量の密度と伝達のバランス」に関する質問に対して、久保田氏は「アナログなパッケージを入り口として直感的なワクワク感を提供し、より深く知りたい方にはQRコードからウェブの深いストーリーへ誘導するという、両者の特性を活かした設計が有効です」と回答しました。

北村氏も「パッケージ自体の情報はシンプルに保ちつつ、何の味かといった必要な機能的情報はリーフレットで補助線を引くようにしています」と、実務に即した具体的な工夫を共有しました。

最後に「ブランドオーナーに求められる力とは?」という問いに対し、久保田氏は「何があってもブランドの価値という『軸を曲げないこと』」、北村氏は「ゼロからイチを生み出す時に、多様なメンバーが関わり、熱量を生み出すための『余白を残すこと』」と力強く回答し、異なるアプローチでありながら、本質的なブランドマネジメントの哲学が共鳴する形でメインセッションは終了しました。

オプサー×武蔵野美術大学 ラップアップセッション

メインセッションの熱冷めやらぬ中、武蔵野美術大学の西氏と、オプサーを運営する株式会社ヒューリズム代表の多湖大師によるラップアップが行われました。

西氏は、大学におけるデザイン教育との共通点に触れながら、「コンセプトを定め、それをクリエイティブに落とし込むプロセスは、まさに美大生が無意識に学んでいることと通じます。そして何より、久保田さんのようにクリエイターに『余白』を委ね、リスペクトを持って協働できる人材が企業内にいることが、ブランドを育て守る上でいかに重要かを痛感しました」と語りました。

多湖は、現代のマーケティング潮流と比較して次のように総括しました。

近年は、短い秒数でいかに気を引くかという『アテンションベース』のコミュニケーションが増えていますが、いずれそれらは機能化され、コモディティ化していくでしょう。その中で、今回お二人が語ってくださったような『ブランドの思いやストーリー』を紡ぐプロセスは、決してAIには代替できない、ブランドにとっての代替不可能な価値(コミュニティ価値)になっていくと確信しました」

大企業とスタートアップ、成り立ちも規模も異なる両者ですが、「ブランドへの圧倒的な熱量」と「クリエイターへのリスペクト」という共通の姿勢が、社会に愛されるストーリーを生み出していることが浮き彫りとなった第6回「MaとChiの寺子屋」。

会場は深い熱気と学びに包まれたまま、幕を閉じました。

今後のご案内

メインセッションにご登壇いただいたスピーカーのお二人と、参加者の皆様のご協力のおかげで盛況に終わることができました。
参加者の方々からは、「ブランドの設計から最終的な製品やコミュニケーションまで、具体的にどのように落とし込んでいるのか、詳細なプロセスや考え方を聞くことができて勉強になった」など、大変好評でした。

今後も、学生から社会人まで、気軽にクリエイティビティを磨ける場をご提供できるよう努めてまいります。

「MaとChiの寺子屋」は、今後もクリエイティビティを磨き、刺激し合える場を提供していきます。次回の開催情報はPeatixイベントページよりご案内しますので、ぜひフォローをお願いいたします。

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