オプサージャーナル
特別インタビュー

実験的プロジェクトは、未来への投資 / kern inc. DESIGNER / Art Director タカヤ・オオタ氏

kern inc. DESIGNER / Art Director タカヤ・オオタ氏

#フォント
投稿日2025年04月09日
更新日2025年04月09日

業界や分野問わず”デザイン”に関わる方々に、目的や信念、その領域におけるデザインに関する考え方やノウハウを伺っていくコンテンツシリーズ「◯◯のデザイン」。

今回は「企業文化とアイデンティティのデザイン」と題し、現在進行中のタイプファウンダリ・プロジェクト「kern typefaces」をスタートした背景とその先に見据えるキャリアについて、kern inc. DESIGNER / Art Director のタカヤ・オオタさんにお話を伺いました。

kern inc. DESIGNER / Art Director タカヤ・オオタ氏
kern inc. DESIGNER / Art Director タカヤ・オオタ氏

沖縄県生まれ。 
立教大学経営学部卒業後、デザイン事務所と事業会社を経て株式会社ケルンを設立。
「企業の思想を意匠に変える。」をテーマに、スタートアップ企業との協業を中心にアイデンティティ・デザインの設計に取り組む。

▼前編はこちら

溢れ出てくる思いを形にするのがCIデザインである / kern inc. DESIGNER / Art Director タカヤ・オオタ氏|デザイナー・クリエイターの為の情報メディア|オプサージャーナルhttps://opusr.jp/journal/a_100084溢れ出てくる思いを形にするのがCIデザインである / kern inc. DESIGNER / Art Director タカヤ・オオタ氏|デザイナー・クリエイターの為の情報メディア|オプサージャーナル

クリエイティブの創造性を支援する環境を整えることが重要。


ー2024年8月からスタートしたタイプファウンダリ・プロジェクト「kern typefaces」について教えてください。

オオタ氏
タイプファウンダリ・プロジェクトの着想はデザイナーとして自身が感じていた課題に端を発しています。

私は昔から書体を集めるのが好きで、フォントを起点にデザインを考案することも多々あります。
これは私だけではなく多くのデザイナーの方々が採っているアプローチですが、自分と異なる世代や領域の人と話していると、別の潮流も起こり始めていることに気付きました。

1番大きいのはYouTubeやTikTokの登場です。
普段はデザインと関係ないお仕事をしている方が、休日の記録を編集して投稿することも日常的な光景になりました。
インターネット上での創作は元々とても開かれたものでしたが、スマートフォンの普及やアプリの発展によって、「作って発信する」ことの裾野は格段に広がっています。

とある動画を観ていると、コメント欄でお薦めのアプリやプラグインについて教え合っていたんです。
そのとき、「自分が得てきたノウハウも共有できないだろうか?」と感じました。
これまでもWebサイトやSNSではデザインのアプローチや考え方を公開してきましたが、もっと具体的な形でコンテンツクリエイターの創造性を支援したいと思ったのです。
その第1弾がタイプファウンダリの立ち上げと、バリアブルフォント「Flux」の販売です。

Fluxは公開以来、たくさんの方々に使っていただきました。例えば自作キーボードキット「DRESSTHING」を開発・販売しているそうすけさんは、プリント基板で複数のスタイル/ウエイトを組み合わせてお使いになられています。
他にも旅のVlogや、ご自身のショップのノベルティステッカー、なんと愛犬のポスターに使ってくださった人もいるんです。これからも色々な方の創作を支援する取り組みをしていきたいと思わされる出来事でした。

ー創造性を支援するという視点は新しいですね。ちなみにこのプロジェクトの販売方法には、アンロックという方式が採用されているようですが、なぜそのような手法をとったのでしょうか。

オオタ氏
書体の購入数に連動して機能が拡張される「アンロック」は、書体の価値をより多くの人に伝えるための仕組みとして考案されました。

先にお話したように、元々デザインに興味があって作ることを始めた人だけではなく、何かを表現するために結果的に創作を始めていた人たちが爆発的に増えています。
そういう方々にリーチするためには、単に作って発表するだけではなく、それをしっかり届ける方法を考えなければいけないと思いました。

日頃から書体を購入している人と比べて、そうでない人にとってはその価格が妥当か分かりにくいものです。
だからこそ、購入者に応じてフォントの機能が段階的に拡張され、自由度が増し、共有資産として発展していく発想は、デザインをもっと楽しくしてくれると信じています。


ーありがとうございます。デザイナーでありながら現在はフォント販売事業も展開されていますが、元々ビジネスへの興味があったのでしょうか。

オオタ氏
事業を立ち上げることに興味があるというより、私たちのパートナーがどのように価値を提供し、収益構造を構築しているのか追体験したいという思いがありました。

日頃、依頼主へ決して安くない見積もりを提出するにも関わらず、彼らがどのように売上を得て予算を確保しているかは想像に過ぎませんでした。
このプロセスを追体験することで、私自身が信じるデザインの意義と、社会が見出す価値のギャップをもっと理解できるのではないかと感じたのです。

この動機と書体の魅力を広めたいという願望が合致してファウンダリ事業を始めましたが、このような動きは今後も拡大していく予定です。

事業に対して、ケルンの責任範囲を広げていきたい

ブックオフグループホールディングス株式会社
ブックオフグループホールディングス株式会社

ーケルンとしての思考実験のネクストステージはすでに考えられてるのでしょうか。

オオタ氏
ケルンとしては、クライアントの依頼に対して、制作と納品を全うする従来の受託方式に加えて、企画立案や販売促進に至る工程に参加し、責任の範囲を広げていきたいと考えています。

今回のファウンダリ事業のように、まずは単独で推進できることから実証していき、次にそこから得られた知見を基に、社外の方々とも新たな価値創造に取り組んでいきたいです。
デザイナーの担当領域を広げること自体は決して目新しいものではありませんが、例えば参加する企業が利益を分配するなど、持続的に取り組むことのできる仕組みについて複数社と話し合いを進めています。
2025年は青山ブックセンターさんとの協業を予定しています。


ー今後のプロジェクト、楽しみです。
では最後に、今後のデザイン業界で描いていきたい未来像はありますか。

オオタ氏
「アイデンティティ」の定義を拡張することを会社の存在意義にしていきたいと思っています。

創業以来、「企業の思想を意匠にする」を掲げて多くのパートナーとアイデンティティのデザインに取り組んできましたが、それでは年間で提供できる価値に限りがあります。

書体の販売を始めて1番感動したのは、リリースされて数ヶ月が経った今も、Fluxを用いた創作物に出会えることです。制作中は全く予想していなかった使い方をしてくださる人もいて、次回作のインスピレーションにも繋がっています。

このように私たちと同じように物づくりをしている方々に向けて、それぞれの手で自分らしさを表現することを手助けするような事業を作っていきます。

同時に企業とのパートナーシップで感じた課題の解決にも取り組んでいきます。たとえば昔に比べて独立系のクリエイターや事務所が多くなりました。
その結果、価値提供の細分化が進んでいて、ケルンではこれを他の事務所との協業によってカバーしていく予定です。
こうした状況下では、事業者が自分たちとマッチする人材を見定めることが難しくなっていて、今後さらにオプサーさんのような企業が求められるのではないでしょうか。

自分がデザインを学びはじめた頃とはデザイン業界の景色も大きく変わり、構造的な課題に対しては組織的なアプローチが必要だと感じています。それでも私たちの立場だからできること、他のクリエイターや他社と連携してできることは何なのか、これからも様々な活動を通して見つけていきたいです。

ーありがとうございます。
ビジネスの中核に到達するため、これからプロジェクトがどうなっていくのか非常に楽しみです。

今回はオオタ・タカヤさんに前編、後編を通してアイデンティティをデザインするとは何かということについてお話しいただきました。
ありがとうございました。

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