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特別インタビュー

スキルの掛け算が、唯一無二のキャリアをつくる / プロダクトデザイナー 横田 泰広氏

プロダクトデザイナー 横田 泰広氏

投稿日2025年03月10日
更新日2025年03月10日

業界や分野問わず”デザイン”に関わる方々に、目的や信念、その領域におけるデザインに関する考え方やノウハウを伺っていくコンテンツシリーズ「◯◯のデザイン」。

今回は「スキルが形成するキャリアのデザイン」と題し、公務員からデザイナーとなった異色の経歴を持つプロダクトデザイナー横田 泰広氏にお話を伺いました。

プロダクトデザイナー 横田 泰広氏
プロダクトデザイナー 横田 泰広氏

事業会社でプロダクトデザイン部門のマネージャー。

Webデザインからキャリアをスタートし、行政機関・フリーランス・デザインスタジオ・メガベンチャー・スタートアップを通して、デザイン・フロントエンド開発・プロダクトマネジメント・ブランディングに関するロールを幅広く経験。
前職は株式会社マイベストのデザイン責任者としてマネジメントのほか、リブランディング、アプリ立ち上げ、リサーチ導入などを実施。グロービス経営大学院MBA。

学生時代はデザインやIT業界に対して、きっかけを掴めなかった

– 横田さんはデザイナーになるまで、そしてデザイナーになってからも様々なご経験をされていらっしゃるかと思います。まずは、デザイナーになるまでの横田さんについて教えていただけますでしょうか。

横田氏
今でこそデザイナーとして自由な経歴を歩んでいますが、公務員である両親の元に生まれ、小学校からは完全寮制の学校で寮生活を送るなど、幼少期は規律と秩序を重視した環境で過ごしました。
中学校に進学しある程度の自由を得ましたが、お小遣い制度ではなかったため金銭的自由を得るため、独自のアフィリエイトサイトを構築し、インターネットビジネスを展開しました。

コードを書くようになったのは、この頃からです。
その頃は、現在のように明確なビジネスへの興味や探究心があったわけではなく、純粋に経済的な自由を得るためのライフハックでした。

高校進学後、少しずつデザインや制作というものに触れる機会を持ち、ITやデザイン業界へ関心を持つようになりました。
当時ニコニコ動画が隆盛を極めた時代の潮流に乗り、友人と楽曲制作に勤しんだり、大学在学中はサークルのチラシデザインに挑戦しました。

また、大学最後の半年間はX(旧Twitter)で見つけた「コーダー募集」に応募し、小さな制作会社でアルバイトもしていました。
当時話題を集めたアニメのwebサイトを、デザイナーと協働し制作したことは今でも強く覚えています。

高校から大学にかけて、ITおよびデザイン分野に強い関心を抱いていながら、当該分野は「以前から明確な意思を持って活動してきた人々が進む領域」であり、自身の目指す分野ではないという認識を払拭できず、結果として公務員試験を受験し、公務員の道を選択するに至りました。

– キャリアのスタートである公務員とデザインはかなり遠い気がします。

横田氏
そうですね。
当初は、プログラミングから完全に離れ、公務員としての職務に専念していました。 配属先は情報システム部門に近い組織であり、庁内向けのシステム導入等を担当していました。

その後、公務員を退職しフリーランスとなり、以前から交流のあったデザインオフィスと共同でプロジェクトを持つようにになりました。
ここでようやく、本格的にデザイン、制作分野の仕事に携わることができ、特にその間協働していたアートディレクターとの仕事は、非常に刺激的で充実した経験でした。
その方との日常的なディスカッションは非常に勉強になりましたし、デザインの技術も学生時代に働いていた制作会社と比較してとても高いものでした。

そんな尊敬するアートディレクターが、ある日「デザイナー」という肩書きのある名刺をくれました。
この出来事が、デザイナーとしてのキャリアの起点となり、「デザイナー」と名乗り仕事をいただくようになったきっかけです。

– 公務員からデザイナーへの転身、そしてフリーランスという選択は、大きな転機だったと思われます。このような決断によって得たものは何でしたか。

プロダクトデザイナー 横田 泰広氏
プロダクトデザイナー 横田 泰広氏

横田氏
この経験から得たものは、主に2つあります。
1つ目は自分の能力を最大限に活用できる機会を得たこと、2つ目はデザインに対しての強い思いを具現化できたことです。


公務員としての就職という選択は、デザインへの志を一時的にでも諦めた結果でした。
しかし、実際に公務員として働くという経験を通じて、自身にとっての能力やスキルを十分に発揮する機会を不足させていたのだと気づきました。

自分の能力を存分に発揮し、成果を生み出せる仕事を求めていました。デザイナーという職業は、自分の力が直接成果物に反映され、それが社会に影響を生み出すことが可能な職業のため、再度自分が目指すべき道だと認識しました。

それに加えて、デザインに携わりたいという強い思いが常に自身の心の中に存在していおり、成果を生み出すデザイナーになるための実践環境を求めていました。

この2つの思いを経験によって回収できたことにより、この選択は正しい判断であったと確信しています。

アカデミックなトップクリエイターにはデザインで勝てない。でも、スキルを掛け算すれば戦えると思った

– その後、フリーランスを辞めてIT系民間企業に就職されました。

横田氏
はい。
将来的なキャリアを考えた時に、周囲に卓越したアカデミックなバックグラウンドを持つクリエイターが多数存在していた事から、純粋なデザインスキルのみで戦っていくことは困難であると感じていました。

しかし、フリーランス時代、当時稀少であったコードを書くというスキルの掛け合わせが高い評価を得たという経験から、複数のスキルセットを効果的に掛け合わせることで、独自の競争力を構築できる可能性があると思っていました。

そこで、次なる戦略として【デザイン×IT】という領域での専門性の拡張を目指すことにしました。
それに加えて、民間企業での実務経験の不足を補うという観点からも、このチャレンジは有用だと考えていました。

– その後、グロービス経営大学院で経営やビジネスを学ばれていますが、入った意図とこの経験でデザイナーとして得た学びはなんだったのでしょうか。

横田氏
グロービス経営大学院への進学も、専門性の拡張という考えに基づいて選択しました。
実際にIT企業での実務経験を経て、【デザイン×IT】という領域においても一定の限界を感じていました。

UI/UXデザイナーとして仕事をする中で、ビジネスに関する深い理解を欠いたまま提案を行っているという課題意識が常に存在しており、経営学を体系的に学ぶことで、この課題を乗り越えようと考えました。

また、【デザイン×ビジネス】という新たな領域での専門性を確立することで、デザインワークに集中するのみでは得られないようなセンスの部分を補完していく意図もありました。

実際にグロービス経営大学院では、通常のデザイン業務では接点の少ない、多様な分野・専門職の方々との交流が実現しましたし、講義の内容に関しても多様な思考を得る良い機会となりました。

例えば、実際の営業活動におけるファシリテーションやネゴシエーションの授業を受けた際は、企業におけるサービスの価値創造プロセスや顧客の意思決定における視点を理解することができましたし、企業の成功要因分析の授業では何が課題かを見極めること、特定することの大切さを学びました。

プロダクトデザイナー 横田 泰広氏
プロダクトデザイナー 横田 泰広氏

– 視点が違う学びがあったんですね。
その後、再びフリーランスを挟みスタートアップ企業に転職されました。

横田氏
当初は【デザイン×IT×ビジネス】という複合的なスキルを活用して、フリーランスとしての活動領域を拡大していく予定でしたが、実際はフリーランスという特性上、得意分野に業務が集中し、領域拡大は難しいと感じました。
そこで、以前から接点があったスタートアップ企業へジョインしました。 

その企業は創業期にあり、インハウスならではの業務経験に加え、自身では選択しないような領域の仕事にも挑戦する機会を得ることができました。
未経験分野においては自発的なスキル習得が必須でしたし、フロントエンド開発、データ分析、プロジェクトマネジメントなど、多岐にわたる業務経験と仕事の幅を広げる良い経験となりました。

しかし、デザイナーとしての価値を発揮するよりも、他分野での業務比重が増大しているこに気づき、他分野に広がった経験を生かしつつ、事業をデザインの力でドライブする、そのための組織をつくっていくことにフォーカスしたいと思い、再び転職をします。

BtoC領域・単一プロダクトでのユーザー接点に関心があったため、まだデザイン組織が確立していない企業へ就職をしました。
ユーザーが幅広く存在しており難しさを感じましたが、生活を豊かにしている実感を持てるサービスでした。
全社でユーザー体験を構築していくものづくりの仕方に触れることができましたし、企業のミッションとプロダクトのミッションが一致する環境下で、全社機能がそのプロダクトのために作られているという環境はとても新鮮でした。

そして、これらの経験を活かすべく、スキマバイトに特化したマッチングプラットフォームを展開する企業へ転身。
ここでは、BtoC領域・単一プロダクトという共通点を持ちつつも、より大規模なサービス展開をしている中で、ユーザーに向き合い、プロダクトデザイン人材を組織化していくという、チャレンジングな選択をしました。
ただ、これまでの経験と得たスキルセットの掛け合わせにより、独自の組織づくりができるという確信がありました。

結果として、異なる事業規模での経験と、各事業フェーズ特有の経験を得ることができたと思います。

スキルの掛け算×再現性でキャリアは強くなった


– 現職への転職を決断された1つの理由として、新たなチャレンジに自信があったと伺いました。その自信を持つことは、次のステップを踏むために誰しもが必要な力だと思いますが、そこ根源についてお聞かせください。

横田氏
自身にとっての自信の構成要素は、今までの経験の中で、デザイン以外の多様な知識およびスキルを習得し、各フェーズにおいて新規領域への挑戦を重ねてきたという実績です。
これらの実績があることで、新たなチャレンジに対し確固たる自信を構築することができたのだと思います。

例えば、デザイン組織のマネジメントに関しては、新たに整備しなければいけないことや、前例のないスキームを導入したりなど、常に新しいことに取り組まなければならない。
そこで最高の結果を出すことに自信を持っており、他のデザインリーダーと比較しても、より広範な知識と実践的な経験を持っていることは大きな強みです。

これまでに習得した複合的なスキルセットが、次なる挑戦への推進力となっているのです。

– ありがとうございます。
今までの経歴を振り返ると、最初横田さんはデザイナーとしてアカデミックな知識や経験はなかったものの、目の前にあったチャレンジの壁をいくつも突破してきたからこそ、デザイナーとして今日のポジションを手に入れられた。そのチャレンジの壁を突破するために横田さんから見て何が必要でしたか?

横田氏
“コーディングが出来る”という当時の市場における希少性の自覚、そして他者から「デザイナー」という肩書きをもらった経験、この2つの要素が新しいこと物事を学び続け、突破する原動力でした。
自身の価値を最大化するために、誰にも負けない量のインプットを繰り返しました。

例えば、Pinterestで自身が良いと思ったWebサイトデザインを 2,000 件以上ストックし、分析を重ねました。
良いデザインに出会える確率を1/10と仮定すると、約20,000件のデザインを精査したことになります。
この過程を繰り返すことで、客観的に良いデザインと言われるデザインとは何なのか、判断基準を確立することができました。

まずはこういったことを、やり切る力が大切なのかもしれません。

また、どのようなコミュニティに属し、誰から情報を得ていくべきかが、とても重要だと感じます。
そこで得られた知見をどう掛け算し新たな価値を創造していくか。
今でも意識して継続し続けている重要な考え方です。

プロダクトデザイナー 横田 泰広氏
プロダクトデザイナー 横田 泰広氏

– 自身の課題を見極めることはとても重要ですね。これまでのキャリアにおいて、特に意識されていた点についてお聞かせください。

横田氏
100%新規の領域変更ではなく、既存の専門性に新たな専門性を1つ足していく、という意識で、意図してキャリアチェンジを繰り返してきました。
一点突破だと勝てないですが、複数領域の知見や知識を得ることで、より高い信頼性と競争優位性を獲得できることが、今までの経験上わかっていたから。

自身にとって、新しい分野にアプローチをしていくということは、各領域にて偏差値60程度の一定レベルの習熟度を目指すことだと思っています。
専門性の高い人の偏差値が70だとすると、私は再現性を持ってあらゆる領域で偏差値60になれることが強み。
これが増えてくると、スキルや知識の幅が広がって活用機会も増えるので、安定的な再現性を提供することができます。

そういった、専門的な知見の掛け算×安定的な再現性でキャリアをすすめてきました。

– 既存の専門性に足していく新たな専門性は、どのように選定されているのでしょうか。

横田氏
スキル面で言うと、自然発生的に見えてきた課題をもとに、次に取得すべきスキルを選んでいます。
不足ドリブンというのが実感としては近いです。
広く浅く仕事をしていると何か不足している気になり、それを全て埋めに行きたくなる。

今後もシード期のスタートアップ企業のような、不足を実感できる環境に身を置き続けるのだと思います。

– ありがとうございます。ここまでキャリア構築のアドバイスを聞いてきましたが、続いて、デザイナーとして突き抜けるために何が必要だと思いますか?

横田氏
1つ目は新しいことに興味を持ち続けることでしょうか。

例えば、今の時代だとAIを活用したデザインやその仕組みに興味を持ったり、変化する環境下で、今後何を求められるのかを正しく把握し、すべきことを嗅ぎ分ける嗅覚が大事だと思います。
このように新しいことに興味を持ち続けていくと、いつの間にか時代と自身がフィットする状況に出会えるはずです。

2つ目は絶望を知ることですかね。
つまり、キャリアの序盤で優れた人材に出会うということです。

個人的な経験をふりかえると、何人か天才とよべるような人に出会ってきた気がします。
キャリア初期段階における天才的な人材との出会いは、自身の課題を自覚する重要な過程です。
そして、その事実や状況に向き合って終わりではなく、その世界線で自分はどうするべきか、明確にしていくべきだと思います。
それがスキルの幅を広げることなのか、フィールドを変えることなのか。
圧倒的に天才だと思う人材と自分をきちんと比較する。
そういった過程を経て、やるべきことは明確になると思います。

3つ目は限界を知っているか。
自身の限界を知り、言い訳ができない状況が訪れれば、それを突破するための次なる学習を計画する。
中途半端な達成度であれば、突破するという意識も持ちませんし、次なる学習のチャンスを逃すことになると思っています。

例を挙げると、中学生の時のWebビジネスの経験に遡りますが、お小遣いがなく同級生と遊ぶことができない、これは中学生の私にとって限界だったわけです。
その限界を知ったことで、突破するためには自身で稼がなければならない。
また、稼ぐためのスキルを得て、行動をしなければならない。
そのような限界を知る過程の中でネクストステップを見つけることが出来、その経験がいまに生きています。

ですので、やり切ってみる、限界を見てみるという経験は、次のステップを見つける上で非常に重要な要素だと思います。

– ありがとうございます。それでは最後に、横田さんはその絶望の淵を今後も歩んで行かれるんでしょうか。

横田氏
絶望がアップデートされていくだろうなとは思いますね。
絶望の質が上がることで、さらに高次な学びや経験に出会えると思っています。
そして、知識の体積が大きくなっていった結果、デザインをもっと深掘りできると感じています。

昨今、AIの台頭によるデザイナーの役割転換、消失という議論がありますが、私はその議論は間違っていると思っています。
消失するかどうかではなく、AIの出現によってデザイナーが更なるバリューを発揮できる状況を思考し、作っていくことができるかが本質的な議論であり、私自身もそこに興味を持っています。
AIが表面的なデザインや中間的なプロセスを決めることは可能だとは思いますが、デザインをすること自体のバリューをどう高めていくか、一種の「宿るデザイン」をどう高めていくかが重要だと思っています。

このように今後は、引き続き学びにおける自身の価値向上と、デザイナーとしての価値創造の可能性を追求しつつ、より難しい課題に挑戦し続けていきます。

– ありがとうございます。
絶望の質を高めていきながら、今後さらにどういったスキルを掛け算されていかれるのか非常に楽しみです。
今回はプロダクトデザイナー 横田 泰広氏に、スキルの掛け算とキャリア形成についてお話しいただきました。
ありがとうございました!



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