
イベントレポート:MaとChiの寺子屋 vol.3 「視覚で伝えるクリエイティブ〜技術による変化と変わらない本質〜」
工藤美樹、田中紫紋、諸石真吾、上野晶子、河野道義
2025年5月19日、武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパスの共創スペース「Co-Creation Space Ma」にて、クリエイティブやデザインに関わる人々が集うトーク&ネットワーキングイベント「MaとChiの寺子屋」の第3回が開催されました。
本レポートでは、クリエイティブ業界の第一線で活躍し、特にビジュアルに関わるクリエイティブ強みを持つ二人のトップクリエイター、工藤美樹氏と田中紫紋氏が登壇したセッション「視覚で伝えるクリエイティブ〜技術による変化と変わらない本質〜」の模様をお届けします。
技術の進化が目覚ましい現代において、クリエイターが向き合うべき「変化」と、守り続けるべき「本質」とは何か。トップランナーたちの熱い言葉から、未来を担うクリエイターへのヒントを探ります。
“MaとChiの寺子屋”とは?
「MaとChiの寺子屋」は、クリエイティブやデザインの分野に関わる学生・社会人が、誰でも気軽に参加し、学びあい、交流できる場を提供することを目的として、株式会社ヒューリズムの「オプサー」とインテル株式会社の「インテル® Blue Carpet Project」、武蔵野美術大学の3つの団体が共同主催となって運営するトーク&ネットワーキングイベントです。
今回は、ハードデバイスから映像・画像編集のソフトウェアまで、技術発展に合わせて“できること”が爆発的に広がる現代において、「技術があるからこそできる視覚伝達」と、「技術にかかわらず、変わらない視覚伝達の本質」について、AIを筆頭に様々な技術を使いこなしながら、人が驚く、人が見たことない、新たなクリエイションを実現し続けるクリエイターの思考に迫っていきました。

工藤 美樹 氏
こびとのくつ株式会社
代表取締役社長 / ビジュアルテクノロジスト / レタッチャー
7歳より油画・水彩・陶芸・書道を学び、漆芸の人間国宝 田口善國氏に師事。職人的専門性とチームワークを兼ね備えたレタッチ会社、こびとのくつ株式会社を創業し、現在21期目。企業広告用の画像制作を中心に大手企業の広告作品を数多く手掛ける。芸術全般への深い造詣を活かし、文化財のデジタル修復・アーカイブ化にも尽力。約25年に渡り培った技術と知識で、高品質なビジュアル制作に貢献し続けている。「神は細部に宿る」「丁寧なつくり込み」「本質的価値の追求と文化理解」を信条とし、自らを「ステージの表に立つクリエイターを裏で支える職人」と語る。

田中 紫紋 氏
デザイナー、アニメーション作家、ディレクター
1979年生まれ、武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒。「報道STATION」のOPアニメーションを機にフリーランスとして活動を開始し、当時制作会社に入社1週間で「休職します」と宣言し、そのまま独立したという逸話を持つ。BABYMETALの発足当初から現在までデザインや映像を制作。コマ撮り、セルアニメ、CG、イラスト等、表現方法にこだわらず、モノに合ったビジュアルを創り出す。「思いついたものは作れる」を信条に、古典的手法から最先端技術まで幅広く精通し、自らハードウェアを改造・製作するエンジニアリング能力も併せ持つ。
技術革新がもたらすクリエイティブの変化
セッション前半は「変わるもの」をテーマに、技術発展がクリエイティブの現場にどのような変化をもたらしてきたか、両氏の実体験を交えながら語られました。

過去と現在の制作環境の変化~技術障壁から技術の民主化へ
工藤氏は、90年代から2000年代初頭のクリエイティブ産業や制作環境について「技術障壁が非常に高かった」と振り返ります。
「その頃は質の高いアウトプットを出すために数億円するマシンを使用していました。サーバーみたいなサイズ感のマシンで、合成したデータの処理に時間がかかるし、現在のようなヒストリー機能もなく、簡単に修正することもできない時代だったので、一筆書きのような状態で仕上げなければなりませんでした」と、今では考えられない状況を語りました。
「しかしCanon 5Dが登場した時、これは時代が変わるなと直感した」という言葉通り、技術の進歩は徐々にその高い壁を壊していきました。「それぞれの時代に、エポックメイキングなハードデバイスが登場して、その都度、アウトプットのタイプや質も、制作過程も、クリエイティブ産業全体が技術の力で変容するということは繰り返し起きてきたんですよね」と、以前のクリエイティブ産業はある種の装置産業であり、資本力の戦いだったと語ります。
一方、デジタルネイティブ世代の田中氏は、「大学時代にはMacを持っていることがもう当たり前。ものづくりのベースはデジタルでした」と語ります。
「僕にとってはインターネットの出現が一番大きい。昔はISDNでデータを送るのも大変だったけど、今は映像ですら一瞬で送れる。だから僕はスピードを売りにしています。例えばクライアントから電話で修正依頼を受けながら、通話中に修正を終えて『もう終わってますよ』と伝えると、『早!』って言われたりします。それが快感だったりするんですけど。周りからは時間を破壊してると言われます(笑)」と、現代ならではの圧倒的なスピード感と、それを可能にする技術の恩恵を語りました。
AIはクリエイティブをどう変えるか?トップクリエイターが語る期待と課題
急速に進化するAIについて、両氏はともに「ウェルカム」としながらも、独自の視点を展開しました。
田中氏は「毎日チャットGPTと会話し、画像生成AIも普通に使っています。便利なアシスタントという感覚」としつつも、「細かいことを言えばAIが生成する画像の構図はまだイマイチなことが多い。『Midjourny』は構図もいいものを出してくることが多いけど、他のAIはまだクオリティの部分で発展途上という印象があります」と、使い手ならではのAIに関する具体的な評価を展開しました。
工藤氏は、AIによって「ベースクオリティが担保される」と指摘。「プロは、その上がったベースの上にいかにアイデアやクオリティを積み重ねるかが問われる。クリエイターにとってはより厳しい時代かもしれないけれど、それだけ鍛えられて筋肉質なクリエイターが出てくる」と、期待も込めます。
実務では、消失した文化財・伊藤若冲の作品をモノクロ写真と研究資料からデジタルでカラー復元するプロジェクトに参加するなど、広告に加え文化財保存・復元プロジェクトでもAIを活用。「元のデータが非常に解像度が低い場合や画質が劣化している場合、AIで画像補完をしてベースデータに使う。AIにはかなり助けられています」と、自身の実務における恩恵についても言及しました。
しかし、ネガティブな側面として、「AIでカンプまで作れても、その先、完成までの仕上げができなくなっているケースも出てきています。カンプの提案でクライアントの承認が取れたとしても、修正段階で高度なCG技術や2D技術が必要になり、結果として、アウトプットを完成させることができないというケースが多発している」と、安易なAI利用が引き起こす問題もリアルに指摘。
また、「ソーシャルメディアで次々と流れていくような、フロー型の消費される広告クリエイティブとかはもうAIで充分かもしれないですね。逆に、いかに消費されない本質的ものを作るのかっていうことが問題で、その需要は無くならない。そしてそれができるのが真のクリエイター」という言葉は、AI時代のクリエイターの価値を鋭く問いかけました。
クリエイティブ業界の未来:日本特有の課題と伸びしろ
日本のクリエイティブ業界が抱える課題について、田中氏は「ちゃんと手で描ける人がどんどん減るんじゃないかなという不安はありますね。美大入試の競争率低下の話も聞きますし、普通に絵を描く人のレベルが下がってきちゃうのかなと。それは非常に良くない」と、基礎的な描写力の低下に強い危機感を表明しました。

工藤氏は、かつて広告が日本のクリエイティブを牽引してきた時代から、近年は「もっとアート文脈が増えてきている」と変化を指摘。
「美大出身者にとっては非常に追い風。作家と個人が直接繋がれるプラットフォームも増えている」と可能性を示しつつも、「一方で、日本のアートマーケットはまだ小さい。クライアント側のリテラシー、クリエイティブインテリジェンスの高さも、海外に比べて求められる部分があるのでは」と、受け手側の成熟も業界全体の成長に不可欠だと語りました。
「実際、海外ではクライアント側のクリエイティブリテラシーが非常に高く、クライアント自身が、旬なクリエイターや表現をきちんと追いかけて把握している。だからこそ、クリエイターに名指しで仕事を依頼することも多々あります。日本はまだそういうケースは少ないかもしれませんが、クライアントとクリエイターが直接的につながり、本当に実現したいアプトプットを生み出していく形は今後増えていくんじゃないでしょうか」と、クリエイティブ産業の未来について言及しました。
時代を超えても変わらない、クリエイティブの本質
セッション後半は「変わらない本質」に焦点を当て、技術がいかに進化しようとも、クリエイターが持ち続けるべき核について議論が深まりました。

すべての基本は「デッサン力」にあり:本質を見抜く力と構成力
両氏が声を揃えてその重要性を強調したのが「デッサン力」です。
工藤氏は「デッサンとは、そのものの本質を探る行為」と定義します。
「例えば、同じ円錐でも木と石膏とステンレスでは光の反射や質感が全く違う。それを鉛筆一本で描き分けることは、『何をもってそれはステンレスであるのか』という本質を追求すること。これはクライアントワークでも同じで、この商品の本質は何か、このサービスが提供する本質的価値は何かを突き詰める行為そのもの」と熱く語ります。
田中氏は、受験デッサンを例に挙げ、「与えられた時間、画材、モチーフの中で、完成形を見据えて時間内に作品を仕上げる。このプロセスは、仕事を受けて納品するまでの流れとそっくりそのまま置き換わる」と語ります。
「デッサン力がないと、例えば映像編集でずっと同じカットだけいじっていて最後まで完成しない、なんてことになる。最初にゴールをしっかり見据え、そこに向かって全体を見ながら進めていける力。これがデッサン力であり、ものづくりの基本」と、計画や設計の力を養う訓練としての意義を強調。
これには工藤氏も「わかる。うまいデッサンは、どの時間で見ても手前と奥の空間が絶対になくなっていない」と共感の意を示しました。
「手触り感」と「原体験」:デジタル時代にこそ求められるクリエイターの魂

田中氏は自身のクリエイティブにおいて「『手垢』、つまり明らかに人が作ったよねっていう感じを常に出したい」と語ります。
「どんなにゴリゴリのCGでも、そこには例えばバンドの思いが乗っていたりする。ロゴだって、ドーンと出てくる文字に安易に規定フォントとか使いたくないですよね。できれば手書きで。その人間が作ったという歪みや揺らぎがすごく好きなんです」と、デジタル全盛の時代だからこそ、人間的な温もりや作り手の痕跡を残すことへのこだわりを明かしました。
工藤氏は「わかったつもりにならないこと」がクリエイターの実行力に繋がると力説。
「情報はネットで簡単に手に入るけれど、自分の足でやっぱり現場に赴き、現物を見て、そこの空気と一体にならないとわからないことって本当に多いんです」と語り、「昔、デジタル黎明期に『それなら見ないでも描けますよ』なんて言うレタッチャーがいたけど、私は一度もそんなことを言ったことはありません。どれだけ対象を観察し、自分自身の原体験として血肉化できるか。二次情報に騙されず、自分の足で確かめた情報こそが、本当のアウトプットに繋がる」と、地道な観察と体験に裏打ちされた洞察の重要性を訴えました。
こびとのくつが手掛けた伊藤若冲のデジタル修復に際しても、「何百年も前の職人たちの気持ちをなぞるような作業で、時を超えて彼らの気持ちに触れられたような、想いをつむいでいくような感覚だった」と、対象への深いリスペクトと共感が、質の高い仕事を生む源泉であることを示唆しました。
技術と本質の融合:これからのクリエイターが目指す道
最後に、技術と本質がどのように結びついていくのか、両氏の哲学が語られました。
田中氏は、自身が学んだ武蔵野美術大学「視覚伝達デザイン学科」が、ある時から英語で「Visual Communication Design」と表現するようになったことに触れ、「視覚で“伝達”というと一方的だけど、“コミュニケーション”と捉えた瞬間にものすごくしっくりきた。あぁ、自分がいる場所はここなんだと。そのコミュニケーションのためには、絵を描く技術も、その他の様々な技術も確実に必要」と、双方向性とそれを支える多様な技術の重要性を指摘しました。
工藤氏は「技術があるからこそできる表現と、技術に関わらず表現という行為において重要なこと、両方の視点を行き来することが非常に重要」と前置きした上で、「例えばレタッチャーは、フォトショップを使い始めると何でもできる気になっちゃう。肌修正ならいくらでもツルツルにできる。でも、本当にうまいレタッチャーは、どこで“寸止め”するかを知っている。やりすぎず、足りなさすぎず。その一点を見極めるのがプロ」と、技術に溺れず、表現の核心を見失わないことの重要性を語りました。
そして、「人の心を動かしたいという強い思いが先にあって技術を習得するのか、技術レベルが上がることでより豊かに表現できるようになるのか。それは鶏が先か卵が先かではなく、振り子のように、行ったり来たりしながら高みを目指していく行為。それを飽きずに一生続けられるのがクリエイターという人種」と、その終わりのない探求こそがクリエイターの本質であると述べました。
AIに対しても、「AIですら自己成長のプロセスの一部と捉えると良いと思います。AIに良いデータをたくさん“食わせ”て、それをさらに自分が“食って”成長する。それくらいのスタンスで『AIを食っていく』くらいの気持ちで研鑽し続けるべき」と力強いメッセージを発信。
これには田中氏も「そうそう!AI、お前いいもん出してきたじゃん、じゃあその一部もーらい!って感じで取り込んじゃう」と笑顔で応じ、会場を沸かせました。
会場からの質疑応答:AI時代の人材育成について
会場からは、AIの台頭によって若手のOJT(On the Job Training:職場内訓練)など、数をこなして成長する機会が減るのではないかという懸念について質問が寄せられました。
工藤氏は、「一見そう見えるかもしれませんが、まず日本全体の人口減少という現実がありますよね。その中で今のクオリティを保つにはAIの活用は不可欠です」と社会構造の変化を踏まえつつ、「OJTの中には、実はAIで代替できる非効率な作業もあったはず。AIによってベースの業務が効率化されれば、若手はより本質的で高次なクリエイティブ業務に時間を投入できるようになる。それは成長機会の“質”が向上するとも言えます」と極めてポジティブな見解を示しました。
「全てのクリエイティブ行為は、最終的に“いかに人を幸せにするか”という目的に収束していくはず。その目的さえ見失わなければ、どんな技術進化も我々を助けてくれるはずです」という言葉は、参加者に大きな勇気と示唆を与えました。
田中氏も「効率化されるのは非常に良いこと。若い世代が最初から効率化された環境を知っているというのは、むしろアドバンテージになるのでは」と、AIとの共存に前向きなコメントを寄せました。
共同主催3団体のラップアップ:未来のクリエイターへのエールと次回の MaとChiの寺子屋へ

最後に、共同主催である武蔵野美術大学から河野通義氏、インテルから上野晶子氏、オプサーから諸石真吾が登壇し、イベントを締め括った。
「今回も非常にパンチラインが多かった」と口火を切った諸石は「お二人の話を踏まえると、いまと未来を見据えて、未来にどんなクリエイターを輩出すべきか、突きつけられているようだ」と語ります。
これに対して、武蔵野美術大学の中で外部組織との連携や共創を担う河野氏は「大学は教育カリキュラムをある意味で学生への約束として規定しています。武蔵野美術大学は100年積み上げてきた造詣に対する知見が多く集積されているわけですが、いまのAIを代表とする技術の変化の速さを見るに、これからの時代、カリキュラムが時代の変化に追いつかない可能性すらあります。そのため、大学は、いまの時代に何を本質として残し伝えるべきなのか、大学の存在意義が問われたように思います」と語ります。
一方、上野氏は「お二人から問いかけられたのは、やはり本質とは何か、ということ。」と語り、「時代の変化を面白がり、好奇心を持つことが本質」であると見解を述べた。
対して諸石は「技術革新が激しすぎて、本質を問う力、なにが確からしいのか、それを見極める力は変わらず求められるだろう」と言及し、「今日のテーマの通り、なにが本質的な変化で、なにが普遍的なのか、きちんと自分の頭で徹底的にインプットして考え続けることが大切」と締めくくりました。
今回のセッションは、目まぐるしく変化する技術の波を乗りこなしながらも、クリエイティブの本質を見失わないトップクリエイターたちの、揺るぎない哲学、と生々しい実践知に触れる貴重な時間となりました。AIをはじめとする新技術を恐れるのではなく、それを自らの成長の糧とし、表現の幅を広げるための「道具」として主体的に使いこなす。そして、何よりも人の心を動かすこと、対象の本質を深く探求し続けることの普遍的な重要性が、二人の熱い言葉から改めて浮き彫りになりました。
工藤氏、田中氏の示唆に富んだ言葉の数々は、会場に集った学生や社会人にとって、これからのクリエイティブ活動における大きな羅針盤となったことでしょう。
「MaとChiの寺子屋」は、今後もクリエイティビティを磨き、刺激し合える場を提供していきます。今回のレポートを読んで少しでも心が動かされた方は、ぜひ次回のイベントに足を運んでみてください。きっと新たな発見と、未来を切り拓くためのエネルギーに出会えるはずです。
今後のご案内
メインセッションにご登壇いただいたスピーカーのお二人、共同主催者と参加者の皆様のご協力のおかげで盛況に終わることができました。
今後も、学生から社会人まで、気軽にクリエイティビティを磨ける場をご提供できるよう努めてまいります。
MaとChiの寺子屋の次回のご案内はPeatixイベントページより行いますのでフォローお願いします。
本イベントに関わる各種団体の詳細や、今後のご案内については以下をご確認ください。
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