書体は声。同じトーンで企業のあらゆるものを発信できるツール / 株式会社モリサワ
株式会社モリサワ デザイン企画部デザイン企画課 貫真由 氏 / 仁田大介デザイン事務所 仁田大介 氏
業界や分野問わず“デザイン”に関わる方々に、目的や信念、その領域におけるデザインに関する考え方やノウハウを伺っていくコンテンツシリーズ「◯◯のデザイン」。
今回は「文字と認識のデザイン」と題し、後編ではユニバーサルデザインなどフォントが与える「知覚のデザイン」について、日本国内のフォントサービス市場でトップシェアを誇る株式会社モリサワの貫真由さんと、CI・VIロゴや、コーポレートブランディングなどデザインを行うアートディレクター / グラフィックデザイナーの仁田大介さんにお話を伺いました。
▼前編はこちら
フォントを統一するということは、インナーブランディングとして社内の意識をも変えることが出来る
– 前編では普段どのような書体提案を行っているのか、クライアントとのコミュニケーションの重要性について伺いました。
改めて、フォント選びからデザイン提案を行っていく重要性についてどう思われますか?
貫氏
企業は、例えば温かみのある印象を持たせたいとかインパクトを与えたいなどいろいろな目的や課題があってデザインを依頼すると思います。
そしてデザイナーの方々は、その要望に沿ってデザインをご提案されると思います。
文字はデザインの一つの要素でしかないですが、前編でお話したように生活をする中で常に目に飛び込んでくる情報なので、目的に応じたフォントをきちんと選ぶ、ご提案するということは、企業のイメージや情報を正しく伝えていく上で非常に大事だと考えています。
仁田氏
その企業が求めるイメージをいかにつくるか?ということを今仕事にしていますが、写真の見せ方や色使いなどと同じように、フォントの表情がその企業の求めるイメージと合っているかは重要性として上位レベルだと思うんです。
企業イメージをどのように伝えたいのか、ということに対してフォントが与える影響力はとても大きいと感じています。
例えばご提案したデザインを基に企業内のフォントを統一することで、インナーブランディングとして社内の意識を変えることもできますし、フォントが決まっていることで企業内の制作にまつわる思考プロセスが早まり、作業効率が上がる利点もあります。
フォント選びからデザインを提案していくということは、外側に向けた企業イメージの醸成だけでなく、社内外さまざまなところで影響を与えることだと思います。
– インナーブランディングとしても活用されるんですね。
ちなみに、フォントからデザイン提案をしたことで仕事の評価が上がった事例はありますか?
仁田氏
例えば、古い体質の法曹業界に風穴を開けたいという想いから起業された、法務に特化した紹介業や組織コンサルティングなどを行っている企業とお仕事をさせていただきました。
その際に、リーガル業界に改革をもたらす「尖ったベンチャー企業のイメージ構築」と、既存の保守的な業界に配慮した「真面目さを見せなければならない」という課題がありました。
今ある法曹業界のイメージに風穴をあけたいと言う想いをいかにアップデートさせていくべきか、ロゴのデザインを開発する過程で、すでに決まっていたサンセリフの欧文書体にマッチする和文書体を決める必要がありました。
明朝体をいくつかご提案して「しまなみ」というフォントに決まった事例があります。
「しまなみ」のオールドスタイルな明朝体と情緒的な表現が、法曹業界の堅いイメージを100%崩すわけではなく、構造改革に重大なインパクトを与えるという想いも大切にするという要望を両立できたことで、とても喜んでいただくことができました。
今の例のようにロゴやフォントが決まった時点で喜んでいただけることも多くありますが、フォントを選定することで営業が使うプレゼンテーション資料に統一感を出せるようになったり、デザインの思考プロセスが短くなることで作業が楽になったと喜んでいただくこともあります。
貫氏
仁田さんの仰ることと同じで、「あの会社は、こういうイメージだよね」というイメージの統一が出来ることで、満足感を得られやすいと思います。
また、書体は使い分けることによって様々な印象や雰囲気を作り出せることから「声」にたとえられることが多いのですが、同じトーンであらゆるものを発信できることは企業にとっては利点なのかなと思います。
– ちなみに先ほど仁田さんから和文書体と欧文書体の組み合わせに関してのお話がありましたが、書体の組み合わせってどのようにご提案されているのでしょうか。
仁田氏
指定フォントがあるかないかに関係なく、用途に合わせて使えるようにゴシックと明朝体は常に2つとも用意するようにしています。
なぜ選んだフォントの組み合わせるのが良いのか、文字の部分的な要素を抽出して比較検証した上で納得いただけるような説明を差し上げることを大事にしています。
とはいえ、組み合わせの良し悪しってやはり難しい。欧文書体はフォント初心者にも違いが比較的わかりやすいのですが、それに見合う和文書体が決まらないケースは結構あります。
どのように考えるのが良いでしょうか。
貫氏
和文フォントには従属欧文と呼ばれる欧文も含まれていますが、より美しい見栄えを実現するために欧文書体と和文を組み合わせる和欧混植という手法があります。
例えば、欧文のオリジナルフォントをお持ちの企業に、それに合わせるための和文書体をご提案することも多く、その場合は、欧文書体のエレメントと似たエレメントの和文書体をご提案しています。
和欧混植については公式noteでも一部触れているので読んでいただければと思うのですが、例えば「LatinMO Pro」という欧文書体に「モアリア」という和文書体を合わせた見本があります。
これらはどちらも筆のニュアンスがあるところや、楔形のうろこや打ち込み・セリフなどのエレメントが似ていることから、組み合わせています。
他の選定方法でいうと、印象自体が似ている書体を組み合わせることもあります。
「Pistilli Pro」という欧文書体に和文書体を合わせた事例では、「Pistilli Pro」自体にシャープな印象があるので、それに合わせて金属活字由来のシャープな印象をもつ和文書体「リュウミン」が相性が良いということで、組み合わせました。
こういった理論で説明してあげられると、納得感を得られやすいと思います。
弊社ではこういった混植を運用しやすいように、コーポレートフォントを制定されるようなお客様向けに、異なるフォントをひとつに合成してご提供することもあります。
デザイナーさんによっては、自分の王道の組み合わせがある方も多いですよね。
それがそのデザイナーさんの個性になるので、いくつか自分の中の王道を見つけておくのは良いかもしれません。
仁田氏
そうですね。
私も持っていますが、王道の組み合わせは秘密にしておきます笑
「Morisawa Fonts」が提供するユニバーサルデザイン(UD)フォントは、外部機関と検証したエビデンスが豊富
– 文字とユニバーサルデザインは非常に密接な立ち位置にいると思いますが、実際にどのようにデザイン、活用されているのでしょうか。
貫氏
弊社では、ユニバーサルデザインの考え方に基づき、より多くの人にとって読みやすく設計されたフォントとして「ユニバーサルデザイン(UD)フォント」を提供しています。
文字の形がわかりやすいこと、文章が読みやすいこと、読み間違えにくいこと、という3つのコンセプトを基に開発をさせていただきました。
例えば文字の形だと、ふところ(文字の空間)を広くとっていて、小さな文字でもつぶれにくいことを意識してデザインしたほか、既存デザインと比べて手書きに近いデザインにすることで、ぱっと見でもわかりやすい工夫を凝らしたデザインをしています。
文章の読みやすさを意識した点でいうと、濁点と半濁点を大きくして判別しやすくしたり、明朝体だと横画が細いデザインになっているのですが、環境によっては読みづらい場合もあるため、横画を少し太くするデザインにしたりという工夫をしています。
日本語は、漢字とひらがな、カタカナのほか、アラビア数字やアルファベットなどいろんな文字を組み合わせて使う珍しい言語ですが、それぞれの大きさに大小のリズムをつけることで読みやすさを実現しています。
活用事例でいうと企業の商品パッケージ裏の成分表示だったり、医療系、IR資料、あとは公共交通機関で広く使われることが多いですね。
アクセシビリティの観点から、Webでも使われることが増えてきましたし、UDデジタル教科書体という教育向けのUDフォントは、ICT教育の波やインクルーシブ教育の考え方もあり、教科書や電子教材などへの採用が増えています。
参考:モリサワのUDフォントが日経225選出企業の9割でIR資料に活用
仁田氏
私も大手企業の会社案内を作る際に活用しました。
グループ会社のデザインガイドラインはあったのですが、それに100%準じたデザインでなくても良いので「自分たちの個性を出していきたい」というオーダーをいただき、いくつかのフォントを提案した中からUDフォントが選ばれました。
その企業はCSRに力を入れており、企業としてユニバーサルデザインに準じたデザインを採用しているという価値基準と、どなたでも親しみやすいデザインであるということが決め手だったと思います。
– ちなみに、デザイン開発をする際は「本当に見やすいか?」をどのように評価するのでしょうか。
貫氏
UDフォントは「デザイナーが良いと思うデザイン」というだけではなく、第三者機関との実証実験を実施しエビデンスを取得しています。
デジタルデバイスにおける可視性や、様々な年代の方から、ロービジョン(弱視)やディスレクシア(読み書き障害)など、多様な方を対象に読みやすさを検証したり、多言語検証や、ビジネスや教育現場での利用を通して実証実験を行うなど多角的な検証に力を入れているんです。
書体によっては、開発段階から実証実験にご協力いただき、見え方についての意見をデザインに取り入れることも行っています。
ですから、弊社のUDフォントは第三者機関と協力して得たエビデンスを持って、根拠のある提案ができるところも特徴の1つです。
書体が使われる場面に応じた多くの調査結果や報告書を公開していますので、ぜひご覧になってみてください。
– 普段私たちが見ている文字は、実証実験を行うなど時間をかけて検証が行われているんですね。勉強になります。
最後に、仁田さんからデザイナーを代表してフォント提案に関するお悩みがあれば・・・
仁田氏
フォント選びの難しいところでいうと、多言語展開が可能かどうかは最近多く求められている気がします。例えば、中国語でも繁体字や簡体字、あとはハングルなど、日本語と組み合わせる必要条件として求められることが増えました。
貫氏
弊社だとUD新ゴシリーズでは多言語展開をしておりまして、繁体字や簡体字、ハングルの展開もありますし、151言語に対応した欧文書体「Clarimo UD PE」なども展開しています。
明朝系だと「UD黎ミン」という黎ミンのユニバーサルデザイン書体があるのですが、これも繁体字や簡体字、ハングルなどの多言語展開をしています。
それぞれ、UD新ゴや黎ミンと一緒に使うことで多言語でも統一したデザインを展開できるため、多くの企業様にお使いいただいています。多言語、例えば中国語の簡体字、繁体字、韓国語についても現地で実証実験を行い読みやすさについてのエビデンスを取得しています。
ぜひご活用されてみてください。
仁田氏
ありがとうございます。
最後にWebフォントのご相談も多いので、モリサワさんのWebフォントについて教えていただきたいです。
貫氏
「TypeSquare」というWebフォントのサービスがあります。
ページビューに応じた料金形態ですので、サイトの規模に合わせたプランをお選びいただけます。
また、Webサイトでの表示はもちろん、 WebアプリケーションやWebサービスで導入いただくケースも多いです。
WebフォントはSEO対策に効果的ですし、「TypeSquare」ではブランドイメージに沿ったフォントをモリサワの豊富なラインナップから選ぶことができます。
加えて、今年9月からは仁田さんがお使いいただいている「Morisawa Fonts」からもWebフォントプランが登場しますので、ぜひチェックしてみていただければと思います。
仁田氏
なるほど、それは利用の幅が広がりそうですね。
フォント選びのポイントからUD、Webフォントまでご丁寧に教えていただきありがとうございました!
– 前編後編とフォント提案のノウハウや開発の裏側についてお話を伺ってきました。
オプサークリエイターの皆さんにとって、フォント活用の参考になれば幸いです。
貫さん、仁田さん、貴重なお話をありがとうございました。
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